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落雷による電車停止

 昨日、積乱雲発生による雷で、落雷による電車の運行停止がありました。
 たまたま、午後4時半頃北浜駅から枚方方面にむけて、京阪電車に乗ろうとしたとき、「守口付近落雷により、京阪線は全面的に運転を取りやめています。」とのこと。
 復旧のめどは?と聞いたところ、「まったくめどは立っていない」とのことで、困ってしまいました。
 2時間ぐらいなら、そこまで飲んで、回復を待ってそれに乗ることもできますが、「まったくわからない」では、プランのたてようがない。
 すでに、地下鉄→梅田→阪急→高槻→バス→枚方の代替え輸送ルートとして、話が付いていたようで、そのように、案内されました。
地下鉄北浜→梅田(16:40~16:50)
阪急梅田→高槻市(17:00~17:30)
ここでものすごい行列で、バスに乗るまでに30分かかりました。 当たり前ですが、電車とバスの輸送力の差を見せつけられました。
京阪バス高槻市→枚方市(18:00~19:30)
この間が異常に長く、この日だけのことなのか、日常なのか。
このころには京阪も開通していて
京阪枚方市→くずは(19:35~19:40)
合計丁度3時間かかりました。
利用者の視点から見た公共交通の課題(危機管理)といいうことで、感じたことを列挙します。

  • 落雷で簡単に止まるほど、システムは脆弱なのか。強化する必要があると思います。
  • 復旧のめどはやはり立ててほしい。2時間~3時間程度とか幅を持っても良い。
  • 振替輸送切符の配布など、乗客扱いは、異なる鉄道間でもスムースで、連携のマニュアルが徹底しているのだろうと思いました。
  • 途中で復旧状況を確かめようと、携帯から探しましたが、見つかりませんでした。もしあるのなら、振替切符にURLを書いておくべきだと思います。これも、全鉄道共通のサイトで、置くべきです。
  • バスの混み具合から考えても、環状方向の鉄道がもう1本ほしい。路面電車で、高槻-くずは-松井山手。夢物語か。

TKAM

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genre : 地域情報

tag : 落雷 電車運行停止 京阪 代替輸送 危機管理 LRT

アジアとの交流

 昨日、日本地域開発センター主催の、「21世紀の関西を考える」というセミナーに出席しての話です。
 講師の一人、関 満博氏の「関西企業と台頭するアジア経済圏」と題した講演の中で、面白い話がありました。
 --日本の企業は、中国の広東省広州に、多く進出しているが、エネルギー不足と、人件費高騰で、次に進出するのは、ベトナムホーチミン市になっている。
 そこに取材に行った際、他の企業は近代的な設備で生産しているのに、松下電工の工場は、古びた設備で動かしていた。何でだろうと聞いたみたら、
 松下電工は、ベトナム戦争さなか(70年頃)に、南ベトナムサイゴン市に工場を持ったが、74年サイゴンが陥落する寸前に、工場はそのままにして日本に引き揚げてきた。その後、かなりの年数がたって、ホーチミン市から連絡があり、「現在でも、工場を動かしているので、是非とも一度来てほしい」とのこと。
 行ってみたら、70年当時の従業員が、指導者となって、古い機械を動かして、見事生産していた。残していった「松下幸之助語録」を何度も読み直し、それを生産現場に活かしていた。
 現在は、日本人指導者は1人で、あとはベトナムの人で生産を続けているという。--

 関西を窓口として、アジアとの交流を図っていくということは、こういうことなんだろうと思いました。
 松下電工の人に、一度聞いてみたいと思います。
  TKAM

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食糧問題

日経ビジネスオンラインで、
「減反政策は機能不全、コメを解放せよ!
食料危機は最大の好機――今こそ作れ、儲かる農業」という記事がありました。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20080707/164648/
--食糧危機が叫ばれる中、何故減反政策が続けられてきたのか。それは、米の価格維持のためであった。転作奨励金などに、使っていた予算が、1476億円。もし減反政策をやめた場合、増産によって、価格が下がった分の80%を主業農家に補填すれば、その額はおよそ1500億円と試算している。生産調整のための予算とあまり変わらない。価格が下がれば、その分需要も拡大する。--

 食糧危機が叫ばれ、日本においても、食糧自給率が39%まで落ちている現状で、米の生産調整にお金をかけるぐらいなら、そのお金で増産を促し、もし余れば、政府が買い上げて、飢餓に苦しむ国にODAで支援すればいいと思います。そうはいかない理由がいろいろあるのでしょうか。TKAM

theme : 環境・資源・エネルギー
genre : 政治・経済

枚方宿

願生坊(順興寺)
 地域デザイン研究会で始めた「地域遺伝子を活用したまちづくり」の手始めに、枚方宿とその周辺、及び百済寺跡公園に行ってきました。暑い盛りの7月17日。
 写真は、倉ノ谷願生坊です。文献(「ひらかた散歩」 編集上田義三 枚方新聞社 昭和54年6月1日)によりますと、
--蓮如の子実従が永禄2年(1559年)に開基、枚方での一向宗の本拠地であった。石山本願寺の系統で周辺は寺内町を形成していた。永禄11年(1568年)織田信長は京に入り、天下統一の布告を出した。石山本願寺はこれを拒否、順興寺もそれに呼応している。元亀元年(1570年)織田信長の大軍が来襲し、順興寺の伽藍を焼き尽くした。宗門の掟はきびしいが、実従の子顕従は、決死の信徒を説得し降伏の道を選んだ。以後信長により、石山本願寺攻めに組み入れられるが、顕従たちは、鉄砲に弾を込めず、矢はやじりを抜き、刀槍は刀をつぶして従軍し、一人の本願寺勢をも傷つけなかった。--
 とされています。
 現在の願生坊は、この地に再建されたものです。  TKAM

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genre : 地域情報

茨木での社会実験

 茨木・宇野辺駅周辺地区複合モビリティポート社会実験を行ったのは、もう3年前になります。といってもまだ3年前。最近その報告書をHPにアップしました。
http://npordi.web.fc2.com/IbarakiSocialExperiment/index.files/frame.htm
パワーポイントをHTMLにしているので、見にくいところもありますが、概要は読み取れると思います。
 レンタサイクルについていえば、茨木駅、宇野辺駅間のレンタサイクルは、この地域の交通問題解決にとって、有効であることがわかったことが記されています。
 JR、モノレール会社、府行政、市行政、そして、実施主体としてのNPO地域デザイン研究会が協議会を組み、実験をやったものですが、せっかくの結果を活かすことは出来ないものかと思います。 TKAM

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都市計画学会誌の記事から

 都市計画学会誌"25 JUN.2008"に、寝屋川市萱島桜園地区の防災街区整備事業の事例報告が載っていました。記事の投稿者は、寝屋川市の茂福隆幸さん。
 萱島東地区では、80年代から、密集市街地の整備事業に取組み、82年に設立された「萱島東地区まちづくり協議会」との協議を通じて、地元の合意形成をはかり、密集市街地の整備手法の制度そのものについても、この地域の事例も踏まえて、拡充されてきたと聞いています。
 防災街区整備事業制度のことは勉強不足ですが、第一種市街地再開発事業に準ずるも、土地から土地への権利変換も可能とし、地権者の選択の幅が広がったこと。必ずしも地権者全員の同意を必要としないが、その前提に、都市計画の位置づけと都道府県知事の認可を必要とすること、等だと思います。補助率が1/3というのは、厳しいような気がします。
 制度が拡充されたといっても、いろんな権利関係が輻輳する中での合意形成は並大抵ではなかったと思います。その長年のご努力に拍手!です。 TKAM

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建設コンサルタンツ協会での講演

03年になりますが、理事長が建設コンサルタンツ協会で講演した記録が、同協会のサイトに出ていましたので、当会ホームページからリンクを張りました。(最近の活動からの最下段)
社会資本整備の仕組みの問題から、NPOと建設コンサルタントの関係まで、大変示唆に富む内容となっています。是非ともご一読の上、感想などコメントしていただければと思います。 TKAM

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長崎さるく

 少し前になりますが、地域デザイン研究会の総会に、茶谷幸治氏(プロデューサー(マーケティング/イベント/観光・ツーリズム))をお招きし、「市民の力に火を付ける!」と題して講演をしていただきました。
 氏は、2006年に行われた「長崎さるく博」をプロデュースした人です。
 長崎さるく博は、氏の著書「まち歩きが観光を変える―長崎さるく博プロデューサー・ノート」学芸出版社)にあるとおり、市民から公募したガイドが、あるがままの長崎を案内するというもので、今までの博覧会と全く違う新しい企画でした。
 そのおよそ3年前に市役所の田上富久氏から、電話が入り、是非とも茶谷氏にプロデュースを願いしたい、とのことから、関わることになったとのこと。
 新しい形の博覧会を当時の伊藤一長市長も熱心に推進され、2004年、2005年のプレイベントを経て、本番のさるく博は、延べ1,000万人の参加を得て、見事成功裏に終了しました。
 長崎さるく博は、市内に、自由に歩く「遊さるく」32コース、ガイドに案内してもらって歩く「通さるく」31コース、専門家の口座とガイドツアーからなる「学さるく」74テーマがあり、案内側で参加したガイドとサポーターは、3万人に昇ったそうです。
 博覧会が終わっても、ほとんどそのまま継続されています。私も、今年の4月に長崎に行った際に、コースの一つ、「竜馬コース」に行ってきました。そのコースには、竜馬が海運業を行った「亀山社中」跡もありました。(後の三菱商事になったそうです)
 さるく博も成功裏に終わって、次の年の市長選挙の際、さるく博を熱心に推進された、伊藤一長氏が、選挙戦のさなか、暴徒による凶弾に倒れました。まことに腹立たしいことです。
 弔い選挙として、親族の横尾誠氏が立候補されましたが、さるく博を最初から推進された、田上富久氏も立候補され、田上氏が当選しました。さるく博を支えた3万人のサポーターが応援されたようです。
 みなさんも長崎に行かれた際には、どれかのコースを歩かれたら、長崎がより身近に感じられると思います。また、全く新しい博覧会をプロデュースされた経過を知るためには、前述の本をお読みになることをお勧めします。 TKAM

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