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まちを視る分科会岸和田に行く-その2-五風荘

sCIMG1145.jpg
 まちを視る分科会(岸和田)で、見せていただいた施設の一つに、五風荘があります。見事な庭園と建物が一体的に調和して、日本の建築の粋を極めていると思いました。
 旧岸和田城主岡部氏の新御茶屋跡に、財閥の寺田家、寺田利吉が1929年から10年かけて造った別荘で、楠木正成のゆかりの地であることから、南木荘と名付けられていましたが、1950年に五風荘と改められました。五風の意味は、5日に一度風が吹き、10日に一度雨が降る良い季候という意味の「五風十雨」からとったそうです。
 1929年といえば世界大恐慌の年で、その時代でもこれだけのものを造営する財力があったということです。
 ある時、この敷地が、マンション業者に、売られそうになったそうで、岸和田市は、重要な文化資産として買収し、現在は市の施設になっています。一連の建物は、登録有形文化財に指定されています。手入れが大変行き届いていました。sCIMG1152.jpg

 ここで食事が出来たら最高だねといっていましたら、今でも、予約すれば出来るそうですが、現在指定管理者を募集し、選定中で、そうなれば、食事も出来るようになるそうです。そのため、2009年4月から、五風荘の施設改修及び管理方法の変更に伴い、当分の間、閉鎖されるとのことです。
 歴史的な文化資産が、現在にも活かされ、更に輝きを増すものと思われます。
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theme : 大阪
genre : 地域情報

tag : 岸和田 五風荘 文化遺産 登録有形文化財 観光 地域資源

ことでん、地域との連携により再生を果たす

 地域デザイン研究会では、9月に、ことでん(高松琴平電鉄株式会社)を訪れ、「現地シンポジウム」を行いました。その概要を会報「潮騒」記事として、下記にアップしました。
http://www.npo-rdi.com/siosai88/SymposiumAtTakamatsu.htm
 IruCaカード(商店街との連携、まちづくりとの連携、大学との連携)、IruCaBOX、事故BOX、顧客本意、などで取り組みを重ね、06、07、年度で利用客数が上昇に転じています。
 また、中心市街地活性化で、全国的に注目されている丸亀町再開発事業の現況についても、視察経過を挙げています。 一度お寄りいただければ幸いです。

theme : 香川
genre : 地域情報

tag : 丸亀町 中心市街地活性化 ことでん ICカード まちづくり 顧客本位 屋島 市街地再開発

まちを視る分科会岸和田市に行く

 先日、地域デザイン研究会の「まちを視る分科会」で、岸和田市を訪問しました。
 岸和田市では、地域資源を活かして、活性化、都市観光を進めようとされており、その方向、方策などについて、交流することを目的に、行ったものです。
蛸地蔵駅のステンドグラス
 蛸地蔵駅で集合したのですが、ボランティアガイドの行さんから、まず蛸地蔵駅のステンドグラスを紹介していただきました。 私ははじめて降り立った駅ですが、説明がある迄、気がつきませんでした。聞けば蛸地蔵物語を表していると。その物語とは次のようなものです。
「天正年間(1573~86)、岸和田城は根来・雑賀衆に攻められ、落城寸前であった。その時、大蛸に乗った一人の法師と数千の蛸がどこからともなく現れ、凄まじい勢いで敵兵をなぎ倒し、城の危機を救った。その数日後、城の堀から矢傷・玉傷を無数に負った地蔵が発見され、場内に大切に収められた。」
http://www.minami-senshu.jp/spots/dtl/174
 その後、天正寺内にある日本一大きい地蔵堂の移され、現在に至るとのことです。
 大きな戦いの歴史があったことを窺わせるお話と思います。

 あと、五風荘などの施設を案内していただきました。その様子は、追々書き込みます。

theme : 大阪
genre : 地域情報

tag : 岸和田 蛸地蔵物語 歴史 天性寺 ステンドグラス

鳥羽伏見の戦いと楠葉

南楠葉の段倉

 北河内地域遺伝子調査の一環で、各地の古老に聞こうということで、枚方楠葉のOさんに話を伺いました。
 話は多岐にわたり大変興味深いものがありました。その報告はいずれさせていただくとして、Oさんからお借りした資料の一部を紹介します。
 それは、「くずは公民館だより連載記事『くずは昔語り』」の中の1990年9月1日号で、題して「鳥羽・伏見の戦いのとき」
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 そうですな。
 もう60年も前のことでしたなあ。私が小学校4年生のときでした。
 隣のオバアチャン、長生きで、90才ぐらいでしたかな。
 どんなことから、そんな話になったのか、全然覚えていませんけど、時々昔あったことを話してくれはりました。
 その中で、この話は、今でも覚えていますわ。
 それは、鳥羽伏見の戦いで、幕府の軍が負けた時のことだったそうです。
 時代祭で見たはるような服を着た人や、はち巻きをした人が、血みどろになって、村の中を大阪の方へフラフラになりながら歩いていかはったそうです。
 モッコというて、縄であんだ籠(コモ?)に、首がのせられて、人足の人がかついで行かはったそうです。
 わたしらは、恐いので倉の中でじっとしていましたが、時々窓からそっとのぞいてみてみました。
 それはそれは、恐ろしいでした。
 その時、町楠葉は火をつけられて、全部焼かれてしまったそうです。
 南村(今の南楠葉)では、それを知った「奈良はん」というおじいさんが、「こらえらいこっちゃ、うちらも焼かれるぞ」と思案の末、四斗樽(酒)を出して、逃げてくる兵隊さんに飲まさはったそうです。
 うちらは、おかげで焼けずにすんだそうです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
時代に翻弄されてきた枚方ですが、したたかに生きる村の人の意気込みがうかがえると思います。

写真は、南楠葉にある段倉水害に備えて、高い石積みの上に建てられています。
(TKAM)

theme : 関西地域情報(大阪 兵庫 京都 滋賀 奈良 和歌山)
genre : 地域情報

tag : 鳥羽伏見の戦い 枚方 楠葉 水害 段倉 地域遺伝子

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