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鳥羽伏見の戦いと楠葉

南楠葉の段倉

 北河内地域遺伝子調査の一環で、各地の古老に聞こうということで、枚方楠葉のOさんに話を伺いました。
 話は多岐にわたり大変興味深いものがありました。その報告はいずれさせていただくとして、Oさんからお借りした資料の一部を紹介します。
 それは、「くずは公民館だより連載記事『くずは昔語り』」の中の1990年9月1日号で、題して「鳥羽・伏見の戦いのとき」
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 そうですな。
 もう60年も前のことでしたなあ。私が小学校4年生のときでした。
 隣のオバアチャン、長生きで、90才ぐらいでしたかな。
 どんなことから、そんな話になったのか、全然覚えていませんけど、時々昔あったことを話してくれはりました。
 その中で、この話は、今でも覚えていますわ。
 それは、鳥羽伏見の戦いで、幕府の軍が負けた時のことだったそうです。
 時代祭で見たはるような服を着た人や、はち巻きをした人が、血みどろになって、村の中を大阪の方へフラフラになりながら歩いていかはったそうです。
 モッコというて、縄であんだ籠(コモ?)に、首がのせられて、人足の人がかついで行かはったそうです。
 わたしらは、恐いので倉の中でじっとしていましたが、時々窓からそっとのぞいてみてみました。
 それはそれは、恐ろしいでした。
 その時、町楠葉は火をつけられて、全部焼かれてしまったそうです。
 南村(今の南楠葉)では、それを知った「奈良はん」というおじいさんが、「こらえらいこっちゃ、うちらも焼かれるぞ」と思案の末、四斗樽(酒)を出して、逃げてくる兵隊さんに飲まさはったそうです。
 うちらは、おかげで焼けずにすんだそうです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
時代に翻弄されてきた枚方ですが、したたかに生きる村の人の意気込みがうかがえると思います。

写真は、南楠葉にある段倉水害に備えて、高い石積みの上に建てられています。
(TKAM)
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genre : 地域情報

tag : 鳥羽伏見の戦い 枚方 楠葉 水害 段倉 地域遺伝子

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